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東京都荒川区の歴史
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所在地 荒川区南千住6-60

  素盞雄神社
 小塚原・三の輪・下谷通新町・三河島・町屋など、区内で最も広い地域を氏子圏とする鎮守で「てんのうさま」とも呼ばれる。
 石を神として尊崇する信仰は全国各地にみられるもので、当社も石神信仰に基づく縁起を有する。延暦14年(795)、荊石けいせきが微妙な光を放ち、その光のうちに翁の姿をした二神(素盞雄命・事代主命)が現れて神託を告げたという。そのためその石は「瑞光石」と呼ばれ、出現した二神を祭神として祀る。
 延暦年間(1751ー1764)頃まで行われていたという千住大橋綱曳は、その都市の吉凶を占う当社の神事で、『東都歳時記』(天保9年〔1838〕)にその雄壮な様が描かれている。
 荒川区教育委員会



    素盞雄神社と文人たち
 千住宿界隈や隅田川沿岸の社寺には、江戸の文人が残した碑が多く見られる。
 この境内にも、文人が建てた2基の碑がある。文政3年(1820)建立の松尾芭蕉の句碑と、旗本池田家の主治医の死を悼んで、天保12年(1841)に建てられた森昌庵追慕の碑である。
 芭蕉の句碑は、谷文晁の弟子で関屋在の建部巣兆・儒学者で書家としても名高い亀田鵬斎らが、森昌庵追慕の碑は、『江戸名所図会』などの挿絵で知られる長谷川雪旦、この近隣に住んでいた俳人・随筆家の加藤雀庵らがそれぞれ建碑にかかわった。
 これらの碑は、文人たちの交流を今日に伝えている。
 荒川区教育委員会



 境内には『天王社の大銀杏』、『瑞光石』、『庚申塔群三基』、『森昌庵追慕の碑』、『芭蕉碑』があります。
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