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東京都荒川区の歴史
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所在地 荒川区南千住5-44

  真養寺
 運千山真養寺は、寛永2年(1625)、下や三枚橋(現台東区)に開創した広布山真養寺と、万治2年(1659)、当地に創建された運千山自性院が、元禄2年(1689)に合寺して開かれた寺院である。
 吉田勘兵衛は、自性院創建の際に、寺地2240坪を寄進し、鬼子母神堂や庫裡、書院なども建てたと伝えられる。境内には、吉田勘兵衛が先祖供養のために建立した寛文11年(1671)2月銘の宝塔が今も残る。
 勘兵衛は、現在の大阪府豊能郡出身で、寛永頃江戸に下り、本材木町4丁目(現中央区)に住んだ。石材・材木商として、江戸城の普請工事に参加し、万治2年(1659)には、吉田新田(現横浜市中区・南区)を開発したことで知られている。
 なお、小塚原周辺でも新田開発を行ったとされており、万治3年(1660)、小塚原町・中村町が千住宿に加宿されたことと、勘兵衛の新田開発との関連が指摘されている。
 荒川区教育委員会

 
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