東京都荒川区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 荒川区南千住7-15 日慶寺の鬼子母神 天文(1532~1555)の頃、日慶という比丘尼(びくに)が谷中に日慶寺を草創した。その後、3代将軍家光に仕えた円心院日相尼(にっそうに)が、宝永元年(1704)、千住南字砂尾と呼ばれたこの土地に、当時荒廃していた谷中日慶寺の遺号を引継ぎ、当寺を開創。そのため円心山日慶寺と号する。現存する鬼子母神像は、運慶作・家光感得といわれ、5代将軍綱吉から、開山日相尼へ下賜されたものと伝える。宝暦9年(1759)には、芝金杉(港区)円珠寺において、出開帳が行われている。また、区内最古で、釈迦の種子のある。正応2年(1289)4月日銘板碑を所蔵する。 元文元年(1736)、9代将軍家重が三河島筋で鷹狩を行った際には、当寺が御膳所にあてられている。 荒川区教育委員会 PR |
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