東京都荒川区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 荒川区南千住6-45 井上省三君碑 この碑は、官営国場千住製絨所初代所長・井上省三の功績を後世に伝えるものである。 井上省三は、長州(現山口県)出身で、木戸孝允に従って上京、後にドイツに留学し毛織物の技術を修得した。明治12年(1879)の千住製絨所の開業、日本羊毛工業の発展に尽力したが、明治19年(1886)に42歳の若さで死去。明治21年(1888)に制絨所の職員・職工の有志が、井上省三の偉業をしのびこの碑を建立した。 上部の題字と撰文は、井上省三と同郷で、交遊のあった、後の外務大臣青木周蔵と東京農林学校(後の東大農学部)教授松野礀による。 荒川区居行く委員会 井上侯壽像碑 是為井上侯壽像侯今年七十六氣力旺盛鬚髪尚黒無毫老憊態吾儕當辱侯知遇致有今日因胥謀請建像壽之侯不聴衆請弗已始見許乃相侯之興津別墅為置像之所命工閲二百餘日而成歳之十一月廿八日値侯之誕辰招衆賓落之以余与侯四十餘年親交衆属余記之侯経濟功績赫著史乗喧傳世上而吐握下士之勞實致此王臣為国家蹇蹇宜如此也夫興津之地衿富岳帯大洋遠控三保近接清見洲渚點綴烟波渺茫稱為東海絶勝侯夙置別墅于此設園池築亭榭鑿山引泉水懸髙厓而下珠噴雪望之如匹練聴之如琴築侯時来遊嘯詠自適以娯老豈古詩所謂英雄四首即神仙者欤且侯昔日翻攘夷倡通好遭反黨要撃被重創而不死如有神助近歳罹病於此別墅九死得一生非天眷而何天眷神助是不獨侯之幸亦邦家之慶也然則吾儕建像之挙不啻報知遇亦表邦家之慶也乃誌建像之顛■ PR ![]() ![]() |
サイト内検索
アクセス解析
プロフィール
HN:
永山
性別:
男性
|