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東京都荒川区の歴史
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所在地 荒川区南千住6-45

  千住製絨所跡
 この付近一帯には、明治12年(1879)に創業された官営の羊毛工場である千住製絨所があった。
 工場建設用地として強固な基盤を持ち、水利がよいことから、隅田川沿いの北豊島郡千住南組字西耕地(現南千住6-38~40、45付近)が選定された。敷地面積8,300余坪、建坪1,769坪の広大なものであった。明治21年(1888)に陸軍省管轄となり、事業拡大とともに、現荒川総合スポーツセンターあたりまで敷地面積が拡張された。
 構内には生産工場にとどまらず、研究施設や福利施設などが整備され、近代工場の中でも先進的なものであった。
 戦後民間に払い下げられ、昭和37年(1962)、敷地の一部は野球場「東京スタジアム」となり、人々に親しまれてきた。
 一部残る煉瓦塀が往時を偲ばせる。
 荒川区教育委員会

 
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