東京都荒川区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 荒川区西尾久 江戸時代、この地域には、石神井川から引かれた「八幡堀」と呼ばれる農業用水路が流れていました。昭和60年(1985)に尾久宮前小学校の子どもたちが、今は見えない川となってしまったこの水路について学習をはじめ、それがやがて地域ぐるみの取り組みとなり手づくりの絵本「ぼくらの音無川」にまとめられました。こうした地域活動は高い評価を得て、第40回読売教育賞の中で最優秀賞を受賞しました。 荒川区は、こうした貴重な財産を永く将来に伝えたいと考え、この水路を「八幡堀プロムナード」と名付けて整備を行いました。 東京都も、この都道付近が水路跡の一部であったことから、道路の整備に合せて、水路をイメージした圃ふぉ卯の整備を行いました。 この地域の歴史に関する活動を記念し、ここに古地図のレリーフを設置します。 平成12年(2000)12月 荒川区 荒川区教育委員会 PR ![]() ![]() |
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永山
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