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東京都荒川区の歴史
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所在地 荒川区南千住2-1-12 (浄閑寺)

  永井荷風文学碑
今の世のわかき人々
われにな問ひそ今の世と
また来る時代の藝術を。
われは明治の兒ならずや。
その文化歴史となりて葬られし時
わが青春の夢もまた消えにけり。
團菊はしをれて櫻癡は散りにき。
一葉落ちて紅葉は枯れ
緑雨の聲も亦絶えたりき。
圓朝も去れり紫蝶も去れり。
わが感激の泉とくに枯れたり。
われは明治の兒なりけり。
或年大地俄にゆらめき
火は都を燬きぬ。
柳村先生既になく
鴎外漁史も亦姿をかくしぬ。
江戸文化の名残烟となりぬ。
明治の文化また灰となりぬ。
今の世のわかき人々
我にな語りそ今の世と
また来む時代の藝術を。
くもりし眼鏡ふくとても
われ今何をか見得べき。
われは明治の兒ならずや。
去りし明治の世の兒ならずや。
 「震災」
   「偏奇館吟草」より



明治・大正・昭和三代にわたり詩人・小説家・文明批評家として荷風永井壮吉が日本藝林に遺した業績は故人歿後益々光を加へその高風亦ようやく弘く世人の仰ぐところとなった 谷崎潤一郎を初めとする吾等後輩42人故人追慕の情に堪へず故人が生前「娼妓の墓亂れ倒れ」(故人の昭和12年〔1937〕6月22日の日記中の言葉)てゐるのを悦んで屢く杖を曳いたこの境内を選び故人ゆかりの品を埋めて荷風碑を建てた
 荷風死去4周年の命日
 昭和38年(1963)4月30日
   荷風碑建立委員会
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